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monthly panda back issue
「クリームパン」           2010年9月

父のマウンドでの勇姿を目にしたあの日以来、
僕と父との距離感が少しずつ縮まっているような気がしていた。
その日の父の言葉はそんな僕の思いをもう一押ししてくれた。
「嗣人、今日昼頃パンの配給があるけん、会社へ来んしゃい」
弟のミツヨシではなくて僕にかけられた
機嫌の良い父の声音は心地よく、
指定された昼頃が来るのを、
何をしてても落ち着かない気分で待ちに待った。
第一その光栄なお使いの内容が、またふるってて、
どうやら画期的な菓子パンを父の会社で共同購入したらしい
とくれば尚更だ。
それまでパンと言えば給食のコッペパンしか知らない。
父の通信課は三階にある。
前にも昇ったことのある外階段を 意気揚々とかけあがった。
すると今までに嗅いだことのない
香ばしいハイカラな香りがこぼれでてきた。
ドアを開けると年期の入った三つの木箱に
テカテカと茶色の光沢の 小さなグローブのような形のパンが
びっしりと並んでた。
その横に「うまかぞー」と言わんばかりの笑顔で
父が立っていた。
家族の分の5コが入った紙袋を落さぬよう
外階段を ゆっくりゆっくり踏みしめながら降りる。
紙袋ごしのフンワカとした手ざわりと、その香りの誘惑に
とうとう階段を降り切ったあたりで僕は負けてしまった。
誰も見ていないのを確かめるのももどかしく、
僕は生まれて初めてのクリームパンに思いっきりかぶりついた。
なんという夢心地の味だろう。
ばあちゃんのおはぎの世界とは全く異質の
頭がクラクラするような衝撃だった。
確実に1コ足りない分のうまい言い訳も思いつかぬまま
何事もなかったような顔で母に手渡した。
「おお、ごくろうさん」と言って
さりげに紙袋をのぞいた母は言った。
「あら〜嗣ちゃん、外で食べたクリームパンは
さぞかしうまったやろうねぇ」
小3の夏の終わりのあの穏やかな笑顔の父と、
あっけらかんとした母のやさしさに 会いたくなって
今でも時々むしょうにクリームパンを食べたくなる。



 
 
 
   
 
 
8月 9月 10月
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